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人生の足跡。

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2009/04/26 02:31
人間 これはただの例え話じゃない その2 

僕は感情論みたいなのが好きくないわけで、最近そんな感じの日記を少し書いてますが。

相手が感情的になってガーってまくし立ててるのを見るとむしろ一気に冷めるというか。

こんな話がある。

ただ彼女は何となく
目の前にいたひどく汚れてる子供を見て

「そんなにあなたは私を困らせたいの」と思いがけず激しい口調で言った

悲しそうな顔が後ろを向いて
駆け出したその手から落ちたのは
何枚も何枚も描き直してやっとできた彼女の似顔絵だった

全てのことを置いても受け止めるべきものは何かを
彼女は知っているはずなのに
取り返しのつかない悲しみがただ床に落ちていた

これはただの例え話じゃない
自分が思いもよらないような行動をとってしまう僕ら人間の話

大切な人を傷つけたいと思うわけなどないと誰もが言う
傷つけたくないとただ思うだけでは守れないという事を思い知るその時までは

槇原敬之「これはただの例え話じゃない」より。

感情的になった人間は、たとえその考えが正しくてもその通りに言葉にのせられなくなる。

時には全く見当違いのことを口走り始めたりするから、もう僕が何かを言ったところでその人の胸に僕の言葉は届かないんだろうな、って諦めモードになっちゃいます。

そんで
(´-`).。oO(あーカワイソーな人。損してんだろーなこの人)って思う。

そんな風に相手に伝えるべき考えを伝えられなくなるなら、感情的になるメリットなんて何もないんじゃないかと僕は思うわけ。

そんなのは叱責でも何でもなく、「相手のことを思うから怒りたくなくても怒るんだ」なんてのはただのうさばらしを正当化させるための詭弁でしかない。

昔、僕は下に対して怒ることをしなさすぎだ、って指摘されたことがある。

別に僕が特別優しいわけでも何でもない。

我を見失って無差別に言葉のミサイルを発射してあとで後悔するのがイヤなだけです。

伝えるべきことは何か。

それを吟味して発言できないことには、考える力を与えられた人間として恥ずかしい、っていうただそれだけのこと。

これはただの例え話じゃない
槇原敬之 小倉博和
B00006GJNB


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